建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷

渋谷の街に宿る気配を未来へ――再開発プロジェクトの現在地

渋谷駅周辺の大規模再開発プロジェクトが本格的に始動してから、すでに十数年。超高層ビルの建設や交通インフラの整備が進むなか、渋谷ならではの魅力や人の流れをいかに残し、次世代へと引き継いでいくか──。その問いは、常に再開発の根底にあった。「デザイン会議」の座長など、長年このプロジェクトのキーパーソンとして関わってきた建築家の内藤廣さんが、現在の思いとこれからの渋谷について語る。

渋谷が培ってきた“匂い”や“気配”を、
いかに次の時代につなげるかを考え続けた

--これまで進められてきた渋谷の再開発プロジェクトによって、街はどのように変化しているとお感じでしょうか。

最近になってようやく具体的なかたちになってきました。多様性や雑多性を内包する、渋谷らしい“ビオトープ”が新たに再生されてきたと思いますね。僕が再開発に関わり始めた頃の渋谷は、今とはかなり違いました。IT企業は他のエリアに出ていくし、東京国際映画祭もなくなって、ちょっと暗い雰囲気が漂っていたんです。このまま衰退していくのかな、という兆しすらあった。街に多様性はあったけど、エネルギーが失われつつあったのでしょう。今ではそんな頃があったなんて、忘れられていますけどね。それが再開発によって、また新しいことを発信する力が戻ってきたように感じます。超高層ビルが建って、GoogleなどのIT企業も戻ってきて、街のユーザーが変わったことで空気も変化してきましたね。もともと渋谷の面白さって、戦後の名残みたいな街並みにあったと思うんです。でも、ユーザーが世代交代していく中で、変わらなきゃいけない部分もあった。それが、全部壊されるのではなく、良い形で残されながら引き継がれていると感じています。

再開発が進む一方、昭和の雰囲気を残す「渋谷のんべい横丁」

--渋谷らしさを残すために、特に大切にされたことがあれば教えてください。

街には、それぞれ独自の“癖(くせ)”や“質(たち)”とでもいうべき気配があるものです。再開発で立派な街をつくることにより、それが失われてしまうことがあります。完全に人工的に再開発された街って、どこか似たような景色ですよね。高いビルなんて、シンガポールにも上海にも、もっとすごいのがいくらでもあるわけで。そういう場所には、外国人観光客もあまり興味を持ちません。むしろ、独特の“匂い”みたいなものに面白さを感じて集まってくる。だからこそ、バランスが大事なんですよ。

もちろん、役所としては利便性の高い、きれいな街を目指すのは自然なこと。だから何度も、「片目をつぶってください」とお願いしました。整いすぎない、ちょっとグレーな部分を残してほしいって。開発事業者にも、できるだけ渋谷らしい気配を残したいと伝えました。

それがうまくいったのは、渋谷宮益町会相談役の小林幹育さんや渋谷道玄坂商店街振興組合理事長の大西賢治さんなど、地域のキーパーソンが再開発に積極的に関わってくれたからです。こういう地元のまとめ役が正面から街づくりに参加した例は、渋谷以外では知りません。委員会でも、まず小林さんや大西さんに模型や資料を見てもらい、最初に意見を出してもらう。そして、「これはいいね」とか、「ちょっと違うな」といった感覚的な言葉に耳を傾けて、渋谷のDNAのようなものを街づくりに取り入れたのです。そうやって街の歴史や匂いを消さずに再開発を進めることは、最も難しく、そして面白いところだと改めて感じましたね。

渋谷はまるで都市の“森”。
自分だけの空間を見つけて、自由でいられる。

--渋谷の地形は、街の成り立ちや魅力にどのような影響を与えてきたのでしょうか。

渋谷の面白さは、地形にも関係してると思います。ご存じのように、渋谷は「谷」なんですよね。新宿は「丘」、丸の内は「平地」。谷底にある渋谷は、もともと湿地だったり、川が流れていたりして、立派な屋敷が建つような場所じゃなかった。だからこそ、いろんな人の思いが自然にたまりやすい。しかも交通の結節点でもあるから、マイナーなものとメジャーなものが自然と出会い、混ざり合う場所になる。そういう背景が、渋谷の雑多で魅力的な空気をつくってきたんだと思います。

そして谷地形であることは、街歩きの面白さにもつながっています。渋谷って、道が放射状に広がり、入り組んでいますよね。ちょっと迷いやすいが、とにかく下れば駅に出られる。意識していない人も多いかもしれませんが、これはかなり大きな特徴だと思います。

そういえば、ある平日の午後、スクランブル交差点で2人の女子高生が立っていたんです。たぶん地方から、学校をさぼってきたのでしょうね。「これが渋谷だよね」って笑いながら話していて。そのとき、彼女たちには、渋谷がまるで“森”みたいに見えているのかもしれないなって思ったんです。駅前から放射状に道が広がっているから、道玄坂を上って、宇田川町のあたりに入れば、ちょっとした路地にすぐに身を隠せる。どこを歩いていても、自分だけの空間がある。誰にも知られず、自由でいられる。そういう街って、なかなかないんじゃないかと思います。

--再開発において、地形的な特性をどう生かしているのでしょうか。

そんな渋谷の地形を生かすために、再開発で意識しているのが「アーバン・コア」という考え方です。アーバン・コアというのは、商業施設の低層階をオープンな空間にするなどして、駅や街、そして地下と地上をスムーズにつなげる仕組みです。そこから歩行者デッキを街に向けて伸ばし、人の流れを自然に街の中へと送り出す。アーバン・コアとデッキがつながることで、移動のしやすさが高まるだけでなく、立体的で複雑な空間となって街歩きも楽しくなる。いわば、新しい“森”のかたちです。

でも実は、このアーバン・コアは、事業者にとってはあまり気の進まない提案なんですよ。というのも、低層階は商業的にすごく価値がある場所だから、パブリックな空間にするのは抵抗がある。でも、建物の中だけで完結してしまうと、街全体に人の流れが広がらない。だから僕は、「地上と地下の3階までは、地域の人たちの場所だと思ってほしい」って、よく言っているんです。そういう話を丁寧に続けてきた結果、事業者の皆さんも理解を示してくれて、アーバン・コアを取り入れることができました。

渋谷の谷地形を克服し、地下から上層階までの縦移動を簡便にする「アーバン・コア」。渋谷駅周辺の再開発プロジェクトの重要な機能の一つとして、必ず取り入れられている。

アートやデザインには、世の中を変える力がある。
渋谷でその動きをかたちにしたい。

--現在進行中のプロジェクトについて、今後の街づくりに特に重要と考えている取り組みがあれば教えてください。

さまざまなプロジェクトが動いていますが、将来的に渋谷の新しいランドマークの1つになりそうなのが、東京メトロ銀座線の渋谷駅ホームのすぐ上に設置される予定の「スカイウェイ(仮称)」です。この空中回廊は、渋谷ヒカリエや渋谷スクランブルスクエア、さらに渋谷マークシティとも接続される計画で、完成すれば人の流れが大きく変わるでしょう。実際、建設予定地に立ってみると、ハチ公前広場と東口広場が一つの空間に見えてくるんです。今まで分断されていたエリアが、視覚的にも動線としてもつながっていく。

歴史的に見ると、渋谷では東側の宮益坂と西側の道玄坂って、少し距離感があるエリアだったんですよ。昔から、商店会同士で競い合うようなところもあって。スカイウェイができることで、その境界が自然とつながっていく。そうやって、渋谷全体が一つのイメージにまとまっていくのは、すごく良いことだと思っています。

谷地形や鉄道、幹線道路によって分断されてきた渋谷の東西を、東京メトロ銀座線・渋谷駅のM字型屋根を活用した空中回廊「スカイウェイ(写真中央)」によって一つにつなごうとしている。

--最後に、今後の渋谷の再開発に向けて思いをお聞かせください。

今、日本全体に悲観的な空気が流れているように感じます。このまま少しずつ衰退していくのも仕方ないのかもしれない、そんなふうに思っている人も多い。でも、本当にそうなのかなと。

僕は、アートやデザインの力には、そうした空気を変える可能性があると思っています。AIの進化で情報化が加速するなか、クリエイティブであることの価値が、今の空気をひっくり返せるかもしれない。そういう“スペードのエース”のような一手を、渋谷という場所で切りたいと思っているんです。

渋谷の街を歩くと、誰もが何かしらインスパイアされる。情報化が進むほど、そういう身体的な体験が、もっと大事になってくるはずです。そんな思いを抱いて、これからも渋谷の再開発に取り組んでいきます。

取材・執筆:二宮良太 / 撮影:松葉理

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